晴れ上がる宇宙
宇宙開闢から30万年経った頃…。宇宙の温度は3000Kになっています。
この頃になると、原子核と電子が電(磁)気力で互いに引き合って、いよいよ”原子”を合成しはじめます。ただ、この時期はまだ原子合成の初期段階で、まだ軽い原子である水素原子やヘリウム原子などしか合成されません。しかし、この頃の温度まで冷えてくると、光子が電子を原子の外へはじき出すほどのエネルギーはなく、一旦電子が原子核に捉えられると、そのまま中性な原子として安定することになります。
実は、この時点で、既に高温状態における光子の反応はほとんど終わっています。電子やその他の粒子と衝突することもなくなり、今後の光子は障害なしに直進できるようになるのです。この瞬間から、宇宙を初めて光で見ることができるようになったのです。それまでの宇宙は、光の通らない、いわば一つの大きな雲のようなもので、その中心を観察することはできませんでした。しかし、原子が中性で安定することでその雲が切れ、宇宙全体が透明になったのです。これを”宇宙の晴れ上がり”と呼びます。
私たちは、どんなに技術が進歩して高性能な望遠鏡を作ることができたとしても、この”宇宙の晴れ上がり”以前の宇宙を”見る”ことはできません。つまり、私たちが実際に見ることができる宇宙というのは、実は、誕生後30万年以降の宇宙に限られているということなのです。では、それ以前の宇宙の様子は私たちには永遠に分からないのでしょうか?いいえ、理論的に予測することはできます。ただ、光学的に(つまり、目で)見ることはできない、ということなのです。
宇宙開闢から30万年、ようやく私たちが今見ている宇宙の姿の原型が出来上がります。
これ以降の宇宙は、さらに膨張を続け、温度も下がり続けます。”宇宙の晴れ上がり”によって自由になった光は、今では約2.7Kのマイクロ波となって、私たちの地球へも届いています。これは”宇宙背景放射”と呼ばれています。膨張する宇宙の中で、水素やヘリウム以外の原子も構成され始めます。それらの原子が集まると、分子、そしてマクロな物質、物体へと変化していきます。ただ、この過程で、それぞれの物質は決して均一には分布していなかったことが分かっています。ほぼ均一に見えますが、やや密度が高いところと低いところが初期において存在したため、密度の高い部分はより高く、そして低い部分はより低い状態へと変化したと考えられています。このような物質の密度不均一のことを”宇宙の揺らぎ”と呼びます。
宇宙の揺らぎは、インフレーションを終えた現在の段階の宇宙においても存在しています。そして、この揺らぎこそが、今夜空に見るような光り輝く星や銀河などの天体を誕生させたのです。
真空の相転移
宇宙膨張の過程では、真空は常に同じ真空ではなく、その状態が何度か変化したとされています。この状態変化のことを”真空の相転移”と呼びます。
相転移とは、ちょうど水が沸騰して水蒸気へ変化するのと同様の現象です。本質はそのままですが、その性質が次々と変化していくのです。宇宙の場合、最初一つに統一されていた力(力学で扱われている力)が、相転移の過程で分化していった、と考えられています。最初の真空から1032Kまで冷えたとき(冷えたといってもまだ超高温)、第一回目の相転移が起こったとされています。このとき”重力”が分化しました。さらに1028Kまで冷えると”強い力”(クォークと呼ばれる最も基本的な素粒子同士を結びつけている力)が分化し、1015Kまで下がると最後の相転移が起こり、”弱い力”(中性子と陽子などを結びつける力)と”電磁気力”とに分化した、とされています。つまり、真空の相転移によって、最初は一つだった力が、現在知られている力学系の四つの力、即ち、重力、弱い力、強い力、電磁気力に分化した、と考えられているのです。
インフレーション
ビッグバン宇宙論には、大きな問題がいくつか残されています。その一つに、宇宙原理※1がなぜ成り立つのか、ということがあります。つまり、宇宙の等方性、そして一様性はなぜ成立しているのか、ということです。初期宇宙の名残といわれている宇宙背景放射。この温度は、どの方向から来ている放射を観測しても、ほぼ一様であることが分かっています。これは、宇宙のどの方向においても、その密度はほぼ一様である、ということの証拠となっています。
ところで、宇宙の初期において、光の速さでもお互いに影響し合うことができない領域があったことが、理論的に分かっています。例えば、宇宙が始まって1秒後は、光速c(3×108 [m/s])メートルより離れた位置にある者同士は、お互いに連絡が付かない状態にあるといえます。そうなると、その領域同士でお互いの密度が同じである必要はありません。むしろ、別の形態をとる可能性の方が高いはずです。例えば、見ず知らずの二人が出会って、そこで全く同じ昔話をし始める、という可能性は極めて低いでしょう。しかし、実際の観測では、どの方向の放射を見ても、みんなが口を揃えて同じ昔話をしているのです。
これを解決する理論の一つに”インフレーション理論”があります。初期宇宙に互いに影響することのできない領域がいくつかあった、として考えると、それらは互いに無関係に考えるのが自然ですが、宇宙はもともと互いに影響し合うことのできる範囲しかなかった、と考えると、現在観測されている背景放射が一様であることも納得がいきます。つまり、極めて狭い(小さな)領域であったものが、猛ダッシュで急激に膨張したのだ、と考えるのですね。この膨張は急激な加速膨張であり、このことを”インフレーション”と呼びます。宇宙は、ある大きさ(数十センチといわれている)までインフレーション(膨張)をした後、現在観測されている宇宙の膨張速度まで急激に減速して、あとは緩やかに膨張を続けている、と解釈すれば、宇宙の一様性、等方性とも説明が付くのです。
※1 宇宙原理: “宇宙の一様性”と”宇宙の等方性”。宇宙の一様性とは、宇宙には特別な点は存在しない、というもので、宇宙の等方性とは、あらゆる方向の現象に違いはない、というもの。つまり、宇宙のどの地点に立ってどの方向を見たとしても、その景色は常に同様である、という原理。
膨張する宇宙の発見
今でこそ常識のようになっていますが、宇宙が膨張している、という考え方は、最初からあったわけではありませんでした。ビッグバン宇宙論のずっと以前、人はやはり宇宙について多大な関心を寄せていました。それが、いわゆる自然科学の領域で本格的に扱われるようになったのは、1920年に、エドウィン・ハッブルが宇宙の膨張について考え始めたところに始まっていると思います。
かつて、人は、私たちのいる星の集まりが宇宙の全てである、と考えていました。夜空を見上げると、点在する星と一緒に光の雲のようなもの(星雲)も見えます。当時、1750年頃のドイツの哲学者カントは、この星雲のことを”島宇宙”と呼びました。そして、私たちの地球が属するこの天の川銀河も、そうした島宇宙の一つであろう、と考えたのです。この頃は、この星雲も私たちの住んでいる大きな星の集団の中に存在するもので、それが宇宙全体だと考えられていました。
1900年代に入って、私たちの天の川銀河は、望遠鏡などを使用して科学的に分析されるようになってきました。1923年、米カリフォルニア州にある、当時世界最大の望遠鏡を有するウィルソン山天文台で、天文学者ハッブルは、アンドロメダ銀河を観測して、その距離が90万光年もあるという結論を得ます。これは私たちの銀河の中にはあり得ないということで、星雲の多くは私たちの銀河の外にあるものである、という事実を知ることができたのです。このことは、世界に大きな波紋を呼びました。天動説から地動説への転換以来、私たちの住む星ばかりか銀河までも、宇宙に特別な存在ではなく、宇宙空間にざらに存在するものだということを思い知らされたからです。
宇宙が膨張していることは、遠くの銀河が”赤方偏移”を示していることで分かったことですが、赤方偏移があることそのものは、実はハッブルの発見以前に、既に知られていたようです。赤方偏移とは光の波長が長く伸びる(波長が長くなると可視光は赤い方へ変移する)ことです。もっと正確に書くと、光を分光器(波長ごとの光に分解するもの)にかけると、明るい線(輝線)や暗い線(暗線)からなるスペクトルが観察できます。この輝線や暗線の現れる波長は、本来の光と比較して長い波長の方か、もしくは短い波長の方へずれる(シフトする、という)ことがあります。これが長い方へずれれば”赤方偏移”、短い方へずれれば”青方変移”となります。
これが起こる要因は様々考えられます。最も一般的なのは”光のドップラー効果”によるものです。ドップラー効果とは、1842年にオーストリアのドップラーが、移動する音(音源)の波長について発見したもので、音源が接近してくるときの音は本来の音より高くなって聞こえ、音源が遠ざかるときの音は低くなって聞こえる、という法則です。音が高くなる、ということは波長が短くなることになり、逆に低くなる、ということは波長が長くなることになるわけです。このことを光について考えたのが”光のドップラー効果”です。
アメリカの天文学者スライファーは、1912年から約3年間、ローウェル天文台で41個の銀河を観測し、その殆どの銀河からの光が赤方偏移していることを発見しています。この後1929年、ハッブルは、それまでに観測済みの銀河のデータ46件と、新たに自ら観測した銀河のデータ18件について調査を行いました。この結果、その赤方偏移から導かれる距離と、その銀河の後退速度との間に、ある一定の相関関係が成立することが分かったのです。
銀河の後退速度がその銀河までの距離に比例します。後退速度をv、距離をrとすると、v=Hr という式が書けます。この法則を”ハッブルの法則”といいます。この法則は宇宙の膨張を決定付け、現在遠くの銀河までの距離を知る手がかりともなっているものです。
このHはハッブル定数と呼び、今日の宇宙論を語る上で重要な定数となっています。現在、ハッブル定数Hは、50~100 [km/sec/Mpc](1パーセク[pc]は約3.26光年、Mpcはその百万倍)とされており、これについて1999年、ウェンディ・フリードマン博士は、この値を71(誤差10%)であると発表しています。ハッブル定数の意味合いとしては、約300万光年遠くなるごとに銀河の後退速度が秒速71キロメートルずつ増加する、ということになります。ハッブルの法則は、観測する方向によらず、いずれの方向についても常に成立しています。つまり、地球から見える遠くの銀河は、どの方向を見ても一様にハッブルの法則が示す速度で後退しているように見えるのです。誤解のないように、これは、地球が宇宙の中心に位置しているということではありません。宇宙に存在するどの星(位置)に立ってみても、常にこの法則が成り立ちます。
宇宙の距離を測る
夜空に輝く星までの距離は、一体どうやって知ることができるのでしょうか。
銀河や宇宙に存在する光る天体までの距離を測定する方法はいくつかあります。最も常套とされているのは、”セファイド変光星”と呼ばれる、特殊な星の明るさを利用した測定方法です。”セファイド変光星”とは、その明るさが一定の周期で変化する(点滅する)星のことです。私たちが夜空に見ている星の明るさは、実際の星の明るさではなく、地球までたどり着いた時点での”見かけの明るさ”です。光は地球まで旅をする過程で、本来の明るさより暗くなることは経験的にも分かるでしょう。この暗くなる度合いは、距離の二乗に反比例することが分かっていますので、その星の本来の明るささえ分かれば、その星までの距離を逆算することができるのです。その星本来の明るさを知るときに利用されるのが”セファイド変光星”です。
1908年、米国ハーバード天文台のリービットは、一定の周期で明るさが変化する”変光星”のうち、ある特性を持つものについて、”変光周期”と”平均の明るさ”の間にある一定の関係が成り立つことを発見しました。このタイプの変光星を”セファイド型”と呼び、変光周期が同じセファイド型の星は、その星本来の明るさも同じであることが分かったのです。この性質は距離の算定に利用できます。距離が未知の銀河の中にセファイド変光星が発見でき、その星が、既に距離が分かっているセファイド変光星と同じ変光周期を持つことが分かれば、その星本来の明るさもわかります。その本来の明るさと見かけの明るさを比較すれば、その銀河までの距離を導くことができるのです。
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