[科学哲学] 生命宇宙論 – 科学的宇宙論(1)

では、少し現状の物理学の世界からみた宇宙にスポットを当てて見ることにします。
自然科学の立場で宇宙の創生について考えるとき、私たちはまず物理学という手法で解を得ようとします。何故かというと、この宇宙は私たちが実感しうる限り、原子やそれらが結合した分子などの物質から出来ているように見えるからです。現在そのようなものを最も合理的に説明しているのは物理学という分野です。物理学は、物質の材料となっている素粒子、或いはその相互作用を媒介する力など、おそらくこの宇宙の基本要素を網羅しています。
現代の物理学は、この宇宙の始まりをどのように説明しているのでしょうか?物理学的な宇宙創世の瞬間、それは一体どんなものなのでしょうか?まずは、現在の物理学が描く宇宙の創世日記を、ここで紐解いてみることにします。


無からの創世
宇宙ができる前、そこには何があったのでしょう?
そこに宇宙ができていないのですから、空間も、時間もない、物質も、力もない…。そのような状態を “真空”と呼びます。初期の宇宙は、そのような状態であっただろうと。”真空”とは、即ち “無”のことです。量子論によると、無といえども、これは何もない状態のことではないようです。そこには、とてつもなく大きなエネルギーが、寄せては返す波のように現れては消える、という状態を繰り返している。つまり、結果的には相殺されていゼロであるが、ある瞬間においては、例えば無限大のエネルギーが存在しうる、ということであるのです。これは “真空のゆらぎ”、或いは、量子論(量子力学)の考え方なので”量子的ゆらぎ”と呼ばれています。
力学の世界では、事象の前後でエネルギーは保存される、という考え方が常識です。例えば、高い位置から落ちるボールのエネルギーについて考えるなら、ボールのポテンシャル(位置エネルギー)は、その高さが低くなるにつれて小さくなりますが、逆に速度は増すので運動エネルギーは増加します。つまり、この過程のどの瞬間をとってみても、必ず、ポテンシャルと運動エネルギーの和は一定となるのです。しかし、量子力学では、”不確定性原理”という考え方により、極めて短時間において、この法則が必ずしも成立しないことを認めています。
不確定性原理とは、一般に物質の位置と運動量(速度)が同時に決まらないことをいいますが、エネルギーと時間の関係においても同様のことが成り立ります(両者の積がプランク定数6.626×10-34以上となる)。粒子が発生するプロセスでは、必ずその反粒子(符号が逆の粒子)も伴っています。これはエネルギー保存則によるもので、例えば、陽子が発生すれば、反陽子も発生し、それらは反応して消滅します。全体としてのエネルギーは元のままということです。ただ、この発生から消滅までの時間は、不確定性原理から2×10-20秒と求められます。つまり、この間に外からエネルギーを得て、仮想粒子だったものが実在粒子へ変化することがあるというのです。
粒子と反粒子が生成消滅を繰り返すように、宇宙(時空)も生成消滅を繰り返している状態、これが、量子力学が描く”真空”ということになります。時空がエネルギーを得て実在する要因として、その一つに重力効果が考えられています。重力効果とは、ある物質がそこに存在することで、その質量によってそこに時空の歪みが生じる、というものですが、もともとこれはマクロな対象に適用される効果です。これを極微世界に対応させたものを”量子重力効果”といいます。この効果によって、サイズは極めて小さいのだけど、エネルギーは極めて高い時空が、ごく短時間存在できるのです。この歪みが周囲に歪みを生み、それが雪崩式に拡がっていくことで現在の宇宙のタネが生まれ出た、というわけです。本来実在しないものが、この瞬間、突然そこへ現れる…。このような現象を”トンネル効果”といいます。
一見、そこに何もないように見える”無”。実は、そこはとてつもなく大きなエネルギーを持った極微の宇宙が生成消滅を繰り返していたのです。その”無”から、量子論的効果によって現在の宇宙の初期状態となる時空が発生した。これが、現代物理学の描く宇宙誕生の瞬間です。ちなみに、真空から飛び出したばかりの宇宙の大きさは、10-34センチだったといいます。
宇宙の黎明
宇宙の初期において、実際に何が起こっていたのか、それを見た者などいるはずがありません。それは、専ら理論物理学の世界の話であり、これから見ていく様子も、今ある理論物理学と観測事実に基づくものです。
そもそも、宇宙という存在の根源は”エネルギー”でした。現在、このエネルギーは二種類の形態をとっています。一つは”放射エネルギー”、もう一つは”物質エネルギー”です。物質エネルギーというのは、質量とエネルギーの等価性を表す式 E=mc2 (mは質量、cは光の速さ)から導かれる、物質として存在しているものが持っているエネルギーのことです。そして、放射エネルギーというのは、いわゆる光(光子)のエネルギーのことで、これは絶対温度に比例します。宇宙が始まったばかりの頃は、エネルギーのほとんどは放射エネルギーだったと考えられていいます。これは、体積が小さくなるほど放射エネルギーが優勢となるためです。宇宙が誕生した瞬間は、3×10-34センチという極微のものだったと考えられているので、ここに物質が存在できる余地はほぼなかったのでしょう。
宇宙が始まったばかりの高温、高密度状態では、すべてが放射エネルギー、つまり、光子によって満たされていた、と考えられています。こうした高エネルギー状態においては、光子同士の衝突が盛んに起こっており、そこでは粒子の対生成(粒子と反粒子がペアで発生すること)も頻繁に起こっていました。そして、生成された粒子と反粒子は互いに反応して消滅し、再び光子に帰す。このようにして、宇宙の初期で、現在の物質を構成する基礎となる様々な粒子が発生、消滅を繰り返していたのです。
対生成した粒子が実在粒子となるためには、その光子が持つエネルギーが、発生させる粒子の質量(厳密には静止質量)と光の速さの二乗との積以上となる必要があります(E≧m0c2)。ただ、この条件を満たしたとしても、結局そこに存在する粒子と反粒子の数が同数であったら、いつかそれらは対消滅し、宇宙には光しか残らないことになります。では、なぜ宇宙に粒子だけが残ったのでしょうか?
粒子と反粒子は、必ずペアで生成します。その為、粒子だけが残る要因となった余分な粒子の発生過程は、この対発生によるものではないと考えられています。また、超高エネルギー状態では、粒子が反粒子に、また反粒子が粒子に変換されるという現象が起こることも、理論的に考えられています。もしかしたら、この過程で、何らかの要因が働いて、反粒子から粒子へ変換される過程の方が優位になっていたのではないか、という仮説もあります。しかし、実際のところ、なぜ粒子が反粒子よりも多くなったか、ということについてははっきりと解っていません。
ビッグバンの始まる前
宇宙が進化していく過程で基準となる時間を”宇宙時間”といいます。ビッグバンのシナリオを見る前に、まずこの宇宙時間について簡単に説明しておきます。
相対論では、時間はそれぞれの慣性系ごとに固有のものとして解釈されます。ところが、宇宙全体を考える場合、その流れを測る時間はただ一つです。宇宙は、その観測者が宇宙のどこに存在していても、そこでは常に同じ法則が成り立ち(宇宙の一様性)、そこからどちらを見ても、見える現象は常に同じである(宇宙の等方性)という基本原理に乗っ取って考えることになります。
局所的な慣性系(相対時間を対応させる系)は、宇宙の流れ全体を考える際は便宜的に無視します。例えば、そこにある大きさを持った星や銀河、或いは宇宙船などがあったとしても、その内部で発生する相対時間は考えないで、大きさそのものも、一つの点(大きさゼロということ)として考えるのです。この点は、宇宙膨張に従って移動するのですが、点が自ら移動しているのではなく、時空の膨張にただ身を任せているということになります。即ち、点自身は静止しているので、結局、固有時間は考える必要はなく、宇宙全体として考える時間は、たった一つあれば十分ということになります。
宇宙誕生の瞬間、それは、宇宙時間ゼロの瞬間です。
このとき、宇宙の密度は無限大であった、とされています。密度が無限大となれば、時空の歪みも無限大ということになります。こうなったとき、重力の理論である相対論でさえ、その適用範囲外となってしまいます。この宇宙時間ゼロの点を、”ビッグバン特異点”と呼んでいます。特異点とは、物理法則が適用できないような点のことですので、実際は、この点からある程度時間が経過しないと、物理学で宇宙を解釈することができません。ただ、最近、この特異点を考えなくても良い理論を、イギリスのスティーブン・ホーキング博士らが考案しているので、注目したいところです。
では、私たちが従来の仮説で理論的に考えることのできる宇宙というのは、一体いつの頃からになるのでしょう?
それは、宇宙が始まってから10-43秒たった頃、とされています。この時間を”プランク時間”と呼びます。プランク時間だけ経過した頃の宇宙の大きさは、およそ1ミクロン(1/1000ミリ)程度でした。この大きさから、宇宙は極めて短時間で急激に膨張することになります。ビッグバンと呼ばれる時期は、この後、宇宙開闢から10-41秒後のことです。
天地創造
では、ビッグバンの過程を徐々に見ていくことにしましょう。
宇宙開闢から10-10秒経った頃…。宇宙の温度は1015Kになっています。この時点では、まだ陽子や中性子などの素粒子はその形態でなく、クォークと呼ばれる、物質を構成する最も基本的な素粒子に分離した状態で存在していました。この他、軽い素粒子である電子や陽電子、ニュートリノや反ニュートリノなどなどのレプトン、また光子が、その空間を高速(高エネルギー)で飛び交っていたと考えられています。物質を構成する基本的な粒子は、この時点で見ることができます。最も単純な物質宇宙がそこにあったわけです。
宇宙開闢から10-8秒経った頃…。宇宙の温度は1014Kになっています。この温度になると、クォーク同士は”強い力”によって結合され、陽子や中性子などが形成されるようになります。この他、クォークと反クォークが結合して作られるとされている”メソン(中間子)”の一つ”パイメソン”も生成されます。メソンは、核力(原子核の陽子と陽子を結合させている力)の根源となっていると考えられています。この頃は、それまで存在していた光子、電子、陽電子に加えて、陽子、中性子、そしてパイメソンが、ほぼ同数で存在していました。ただ、この時点でもまだ高エネルギー状態ですので、光子の衝突によって、陽子、反陽子のペアが対発生、対消滅を繰り返していたと考えられています。
さらに温度が下がり1013K以下になると、陽子、反陽子、また中性子とその反粒子の対発生はなくなります。つまり、それ以降は既に生成されている粒子と反粒子の対消滅だけが起こり、光子だけがどんどん増えていくことになるのです。ただ、このとき粒子と反粒子が全く同数であったなら、今の宇宙は光子、つまり光しか存在しないことになってしまいます。このとき、何らかの理由で粒子の方が反粒子より多かった為に、今の宇宙は粒子主体の物質宇宙となっているのです。この時期、反粒子10億個に対して、反粒子は10億と1個という存在比だっただろうという予測がある。これは、現在の粒子と反粒子の存在比が1対109(10億)である、という予想に基づいています。
宇宙開闢から1/10000秒経った頃…。宇宙の温度は1012Kになっています。この頃の初期では、電子、ミューオン、ニュートリノなどのレプトン、及びその反粒子、そしてパイメソン、光子が同比率で存在していました。この為、この時期を”レプトン期”とも呼びます。この他、前の世代から引き続き、陽子や中性子も存在していましたが、対消滅によってそのほとんどが光子となり、レプトンなどに比べるとわずかであったと考えられています。この時期の陽子と中性子は、互いに変換が起こっていたといいます。つまり、陽子は中性子に、中性子は陽子に変換する、という現象が繰り返されていたため、この両者の存在比率はほぼ同等であったということです。
温度が1012K以下になってくると、比較的重いレプトンであるミューオン、そして反ミューオンが光子によって生成(対発生)することができなくなり、一方的に対消滅するようになります。これによって、ミューオンは数を減らし始めます。さらに1010Kまで冷えてくると、電子と陽電子の生成もなくなり、これも次第に数を減らします。対消滅によって生成される光子だけはどんどん増加することになります。
宇宙開闢から1秒経った頃…。宇宙の温度は1010Kになっています。この頃は、陽子と中性子の間でも数に差が出てきており、存在比率は、陽子75%、中性子25%となっています。これは、陽子の方が中性子よりもやや質量が小さい為です。なぜ、質量の小さい方の数が多くなるのでしょう。これは、質量とエネルギーの等価性から、質量が大きいほどエネルギーも大きいということになる為です。自然において、エネルギーはその大きい方から小さい方へ流れる、という原理があり、陽子と中性子で相互変換を繰り返す過程でこの自然の原理が働いて、エネルギーの大きい方から小さい方へ移行するという傾向が現れることになるのです。つまり、質量の大きい中性子から質量の小さい陽子への変換の方が起こりやすくなっている、と考えられるのです。
宇宙開闢から3分経った頃…。宇宙の温度は9億Kまでになっています。ここまで温度が下がると、陽子と中性子が結合し原子核を構成しはじめます。ここでは、水素やヘリウムといった、軽い元素の原子核が作られ、それに電子が捉えられて元素が構成されることになります。ただし、この温度だと、まだ光子のエネルギーも大きく、一旦原子核に捉えられた電子も、すぐに光子の衝突によってはじき飛ばされ、原子核と電子は、それぞれ単独で存在することになります。ここでヘリウム元素が合成されることは、ビッグバン宇宙論を支える一つの大きな柱となっています。現在の宇宙に存在するヘリウム元素の数は、恒星内部で生成されることだけを考えると、理論上足りないのです。しかし、ビッグバンの過程において、この頃(宇宙時間3分の頃)の現象を考慮すれば、現在の宇宙に存在するヘリウム元素の数を説明することができるのです。
さて、この後約30万年ほどは、特に大きな変化はなかったようです。軽い元素と光子、そして、若干の陽子や中性子、そして電子などがそのままほとんど変わらず存在していくことになります。
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