[科学哲学] ナノテクノロジーの行く末

ナノ [n] というのは、マイクロ [μ]の1000分の1。マイクロ [μ] というのは、ミリ [m] の1000分の1。ミリ [m] というのは、原単位の1000分の1。ここで、原単位はメートルである。つまり、それくらい小さなオーダで操作可能なものをつくろうという技術が「ナノテクノロジー」である。その大きさが1mm程度のロボットは、これまでも開発されてきた。とても人の手では及ばない微細なものを扱うとき、小さなロボットが威力を発揮する。しかし、現在、特に医療分野から、人体における血管内や脳内の治療など、さらに小さく繊細な箇所を扱いたいという需要が増している。ここにきて、ミリからマイクロ、そしてさらにナノオーダで動くロボットも、科学技術庁やその他の研究機関、企業で研究されるようになった。
ナノオーダというのは、細菌などの微生物から分子、原子レベルの大きさということになる。しかし、例えば原子を意のままに操作したい場合、それを物理的に動かすには、やはり原子でできた「手」で操作しなければならない。つまり、原子を原子でできた道具で操る、ということになるわけだ。ロボット工学の上では、これまで半導体の高密度集積化や、センサー、モータなどの高機能化もあって、かなり小さなものを実現できるわけだが、いくら高性能であっても、それで小さなものを物理的に扱えなければ意味がない。マイクロやナノといった極めて小さなものに、必要なセンサーやそれを駆動させるアクチュエータなどを搭載して機能させる、などということが果たしてできるのか?
通常、何かを物理的に精密に操作する場合、それを操作する「手」は、操作される対象より小さなものである必要がある。これはナノオーダでも同様。例えば、「アセンブラ」と呼ばれる原子を扱うナノサイズのロボット(ナノマシン)が仮想されているが、このロボットは、原子を操作する触手を持っている。しかし、その触手も原子でできているので、どうしても原子より小さな手を持つことができない。従って、原子レベルのものを精度良く操作する、などということは物理的に不可能であるように思える。
一般的に、物質は微細なほど重力以外の力の影響が大きくなる。例えば、雨は重力によって空から地面に向かって降るのだが、それが霧状になると、重力よりも気流などに大きな影響を受けて拡散し宙を舞う。このような現象は小さくなればなるほど顕著に現れる。超小型のロボットの駆動原理もこの理屈による。静電気力や磁力、原子、分子どうしの力など、人間の日常生活では物理的にあまり意識されない力を利用するのである。これなら、物理的に「手」で操作せずとも原子レベルのサイズを操作できそうである。
もともと、自然界には原子でできたものが存在しているわけである。それらが何故あるかというと、自然界に存在する相互作用によって構築されているからだ。そうした自然の力を知れば、理論上は、どんな構造物でも、ナノテクノロジーで意のままにつくることができるはずである。そのような自然の力を利用しようという動きの中で注目されるのが「バイオテクノロジー」だ。生体機能は、それに固有のタンパク質集合体からなる「生体分子機械」によって担われており、その大きさは10ナノメートル程度である。考えてみれば、細菌などの微生物は、昔からこのようなナノの世界で生きており、ある目的を達成するために動いているのである。その構造やシステムを理解し、それを人間の手で作ってしまおう、というのが、現時点で一番の早道であることは間違いないだろう。今、この技術を駆使した「バイオ・ナノマシン」の研究も手がけられ始めている。
「バイオ・ナノマシン」のアクチュエータは、もはや電子機器ではなく、生体運動の担い手である筋タンパク質(アクチン、ミオシン)分子である。アクトミオシン分子モーターは化学物質アデノシン3リン酸(ATP)をアデノシン2リン酸(ADP)と無機リン酸(Pi)とに加水分解しつつ、方向性のある運動を引き起こす。これは、生体内での基本的なエネルギー変換システムであり、私たちの体内においても、この変換システムによって生命維持がなされている。このシステムによる分子モーターは、筋収縮系だけでなく、動物、植物を問わず細胞内骨格として、細胞の形態変化、例えば、受精卵の卵割、原形質流動、アメーバ運動など、様々な細胞内機能を担っている。このような生体運動が完全に解析され、それが技術として利用可能になれば、ガンやエイズ、その他の難病の根源を、このナノマシンによって撲滅できると期待されている。
このようなテクノロジーは、一種人の手によってウィルスを創り出そうとしている、ということもできる。つまり、この技術によって人体改造なども可能になってくるわけだ。一定の病気を排除するための技術として使用されている間は問題ないが、実際その技術が確立されると、そこではとどまらないだろう。人間の体を人間の欲望や利欲によって改造しようとする、ということも、最近の美容整形ブームをみると容易に想像できる。ともすれば、そのウィルス(ナノマシン)が暴走して、バイオハザードにもなりかねない。最近のクローン技術も然り、であるが、これは成り行きに任せるしかない、と私は思っている。意図的に止められるものなら最初からしないだろうし、それをし始めて一旦「是」であるとされたものは、次からどんどん採用されていく。これは、人の歴史をずっと見ても繰り返されていることである。
※ バイオハザード : 生物学的災害。研究施設などから細菌やウィルスなどが漏れ出すなどの事故によって、人間をはじめとする生物全体に多大な被害をもたらす。

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